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能面との対話 ⑥ 〜よろこび〜

 能面を作っていてはじめてよろこびを感じたときのことを思い出すことがあります。自分の能面を見る審美眼が格段に上がったと感じて、その審美眼と自分の作品が同じレベルになった時です。自分の審美眼と作品は、相互に作用して、ある時はゆっくり、ある時は唐突によくなります。能面への審美眼すなわち感性は、ただ能面を作っているだけでは身につくものではありません。確かな技術を習得しながら、名品と呼ばれる作品を見て、心技を整えてゆくしかありません。私の場合、師匠の教室でそれは同時にできました。

私の「能面」に対する審美眼は、師匠の「能面」に対する考え方、向き合い方、そして師匠の作品を直接見聞きすることによって養われました。もちろん、他の能面師の作品も見ています。審美眼は、自分の手で幽玄の色を実践できてはじめて、裏付けを得たことになります。実践できないうちは、会得したと思っている審美眼の力は次第に弱くなっていきます。元に戻ってしまわないうちに、自分で実践するか、師匠の作品を見て、強化するしかありません。これは、永遠の修行のようなものです。そして、修行の中のよろこびはいつ訪れるかわかりません。徐々にまた突然出会うことがあります。だから、「能面」作りを永遠に続けます。「能面」作りは、私にとってよろこびを追い求める永遠の過程であって、限りなくつづく修行のようなものであるからです。

よろこびは、理屈ではありません。自分の感性を作品として表現し尽くしたとき、最初のよろこびは訪れます。そして、舞台にかけてもらった「能面」が魂を吹き込まれたとき、よろこびは倍増します。演じる側と見る側が「能面」を通して目に見えぬ感性を授受し合い、その空間に何か得体の知れないエネルギーを感じる時です。さらに、作品を人前に出し、よりたかき感性を持つ人と直接的に共感できたとき、最上のよろこびとなります。仕合せを感じる瞬間です。

私は、この最上のよろこびを見つけるために、「能面」を作り続け、共感してくれる人々を探し続けます。その人たちは、一体どこにいるのでしょう。よろこびを求めて、永遠に歩き続けます。

 

能面との対話 ⑤ 〜技をぬすむ〜

 今思い起こして見ると、入門してからこの方、師匠から言葉で直接教えを乞うたことはほとんどなかったように記憶しています。教室では、彫刻や彩色の作業をした記憶があまりありません。ほかの兄弟弟子の指導の様子を見ていた覚えしかありません。最初の頃は、師匠の刀捌きを食いるように見ていました。無駄のない刀の動きは美しささえ覚えました。一つひとつの刀の使い方で、骨格の捉え方、肉の落とし方や付け方を覚え、目、鼻、口の表情を理解していきました。小面、若女、深井と年齢による各部の表現の違いを見て覚えたものです。そして、自分で実践していきました。刀がスムーズに運び、彫刻表現が的確になるまでに、いくつの小面を作ったことでしょう。もちろんモデルとなる木型の能面を借りてのことです。それも「雪の小面」でした。

今も「初心に帰る」ことを大事にして、彫りかけを捨てずにとってあります。「雪の小面」は、女面のすべての基本が備わっていると言ってもいいでしょう。この小面さえできれば、女面は卒業であると思っていました。女面の急所はどこなのか、口角のような型紙のない箇所の作りとその意味を探りながらの、彫刻作業でありました。そして、教室で見てきた、師匠の刀捌き、彫刻の確認の仕方、ちょっとした物言いなどを細部に渡って、思い出しながらの作業でした。これらを頭の奥深くに刷り込み、自然と手の動きになってゆくまで、修行しているかのようでした。部分部分の細工とそれらの繋がりが、自然とバランスよく整うまで、我慢をするしかありませんでした。そして、ある日すべてが整った小面が出来上がるのです。多分、全体を調整する技量と刀の動きを制御する技術とが相互に高め合って、一定以上のレベルになったのでしょう。

この状態で、師匠の刀捌きを見ると、刀の動きの先が見えてくるのです。刀のすべての動きの意味が自然と分かってきます。

彩色ではどうか。強さとたわやかさを兼ね備えている彩色。一様に色の打ち方、研ぎ出しの強弱を、師匠の手先から感じ取り、同じように自分の「能面」に施し、師匠の彩色と比べるという日々が続きます。強さを写しても、たわやかさが出なかったり、たわやかさだけで強さが出なかったり、そればかりではなく奥深い幽玄の色がどうしても表現できないのです。材料や道具が違うからと疑って、同じものを何とか探して手に入れて、同じ工程で彩色してみても、やはり奥深い幽玄とは程遠いのです。どう考えてみても、何かが足りないのです。上塗りの液、上塗りの仕方、上塗りそのものの考え方が違っているとしか言いようがないのです。多分、それが奥義のひとつであると確信して、師匠に訊ねてみます。独り言のように、ボソッと、一言二言ゆうのでした。それを私は聞き逃しませんでした。しかし、それらは多分、奥義の入り口なのでしょう。後は自分で工夫してみなさいと言っているようでした。その後も、奥義と思った方法を、様々な要素を変化させながら、彩色をしてゆきました。もちろん、奥深い幽玄の色は容易くできるものではありませんでした。時として同じような味わいになることもありましたが、殆どが色を乗せている、態とらしい彩色になってしまいました。再度、考え直すのです。後は、物理的、化学的な要素をさらに微小に制御するしかありませんでした。指先の力の入れ具合、布の湿り気具合、布そのものの表面の粗さなど、神業に近いような感覚の世界でありました。特に、この辺りに意識を持ってゆきながら、彩色を施していきました。幽玄の色が出る確度は、確かに上がったのです。ただ、部分的にではありますが。

「能面」全体に幽玄な味わいを出すには、全ての彩色のゆらぎについて細かな組み合わせの数を制御する技と、その組み合わせの量的なバランス感覚が必要になります。これらは、日本の独特の自然観、そして遊びの感覚に繋がっています。これらは、師匠が言っているように自分の工夫でしか出てこないものです。自己の感覚、感性を自分で磨かねければなりません。口伝などできない領域です。神業の彩色としか言いようがないのです。

能面との対話 ④ 〜彩色の妙味〜

「能面」の彩色の写しは、能面師によって随分と違います。何を写すのかは千差万別です。ただ形だけに拘り、見てくれだけを写している「能面」の何と多いことでしょうか。そして、思いの強い一方的な「能面」がよく好まれています。やはり、室町時代から伝わる本面と呼ばれている名品を見る機会が少なくなったことが原因かもしれません。

「能面」を見る時、そしてその「能面」を写す時、大変重要な観点があるように思います。「能面」から伝わる強さだけでなく、見る側の能動的な思いを受け入れてくれるたおやかさが「能面」にあるかどうか。そして、そのたおやかさを見る側が感じ取れるか、見る側にも様々な感情を受け取れる器があるかという点です。両方があってはじめて写しは「写し」を超えられます。特に、彩色には必要不可欠の要素です。写す側の感性が、これらに影響を与えるといってもよいと思います。

「能面」の強さとたおやかさを実際に見たのは、早稲田大学の演劇博物館で行われた現代能面師の能面展での師匠の作品でありました。他の能面師の作品との違いは分かったが、それが室町の彩色だと分かるのは、もっと後で、師匠の「雪の小面」の写しを見せて頂いた時でした。彫刻が細部にわたりきっちり写されていることは元より、強さとたおやかさが両立している彩色には驚きました。ただ時代が経過しただけではない、奥底から湧き出る深い味わい、なんとも言葉では言い難い幽玄の色、現代の作品とは思えない品の良い、落ち着いた古さ、それらが自然の景色のように絶妙なバランスで構成されていました。正に、これが室町の彩色なのでした。

今思うと、室町時代の「能面」を見る感性を鍛えてくれたのが、師匠の作品であったと思います。隙のない美しさの中に、強さとたおやかさを両立させている作品は、室町時代の「能面」の本質を理解できる者にも、もちろん私にも、素晴らしい手本であります。

師匠の作品の虫干しでは、室町彩色の「能面」が二百近くも並びます。何百年も時間が戻った感がするほどです。どの「能面」を見ても、幽玄の妙味が随所に見えます。いや随所というよりは、全体が幽玄の世界です。そのとてつもない幽玄の妙味と隙のなさゆえに、見る者を圧倒します。そして、まるで室町の作者と対話しているかのように、どの「能面」からも本面の作者の声が伝え聞こえてくるようです。「どうだ、お前に写せるか?」と迫ってきます。「能面」を打つ者にとっては、挑戦状を叩きつけられているようです。そして、「一所懸命、写して見なさい」とも聞こえます。これは師匠の厳しくそして優しいことばかもしれません。

幽玄の妙味は、彩色のゆらぎが、程よくそして自然のそれのように制御されて、はじめて現われます。師匠の作品は、一見すると、それは無造作に彩色された様子を見せます。それ故、その難しさが分からないうちは、簡単そうに見えるのです。しかし、このゆらぎを作り出すことは、至難です。どうやっても、作為が入り込むのです。ただの真似では、幽玄の妙味は写すことができません。彩色のゆらぎは、いく通りも組み合わせがあるはずです。師匠の彩色の面白みがどこにあるのか、どんなゆらぎの組み合わせが幽玄の深みを醸し出しているのか、自分の感性でよく見据えなければなりません。そして、それを自分が制御できる彩色のゆらぎに置き換えられるか、実際に彩色を施しながら大胆に試して行くしかありません。行き過ぎた彩色を、様々な方法を使って、幽玄の妙味に変えてゆける遊びの感覚が必要です。これらの、言うならば彩色の妙味は、日本独特の自然観に通じます。世界を魅了している、古き良き日本の景色です。

 

能面との対話 ③ 〜型の写し〜

「能面」を作ることは、昔から伝わっている「能面」を写すことが第一です。創作面も新作能には必要になることもあり、「能面」を創作することもあります。ただ、創作も写しの何たるかを知った上での制作でなければなりません。創作面も「能面」の本質を外しては、長く将来に残るものにはならと考えています。

写しの上で、型を紙に写した型紙は非常に重要です。型紙の取り方によって写しの良し悪しが決まってしまうと言ってもいいでしょう。彫刻のポイントはどこにあるのか、守るべきポイントはどこにあるのか、確実に型紙に写しておかなければなりません。京都の堀教室では、まず師匠が作った型紙を、別の紙に写すことが最初の作業です。線の流れの意味、型紙に打ってある点の意味を把握しながら、別の紙に写してゆきます。この時点で、彫刻の肝がどこにあるのか理解しておかなければ、彫刻の写しはできません。しかし、彫刻は点と点、線と線が無数に集まった集合体です。これを有限の型紙で表現するのは所詮不可能です。しかも、型紙にはない部分の重要さは、型紙以上です。これは、やはりモデルとなる「能面」が手元になければ、見出すことはできません。型紙にはない、型紙と型紙の間の彫刻の流れ、動きは、モデルをよく観察することで分かってきます。しかし、モデルを見る力は、「能面」が舞台でどう使われるかを理解し、「能面」が人間の骨格と同じであることを知って、はじめて身につくものです。これらは、師匠の身振り、手振りそして少しの言葉から理解していきました。型紙を含め、それら師匠の教えを統合できてはじめて、彫刻の写しが完成します。幽玄の彩色を施せる土台ができるのです。

 堀教室にあった型紙は、龍右衛門の「雪の小面」、増阿弥の「増女」、般若坊の「赤般若」、赤鶴の「獅子口」などどれもが本面であり、重美、重文指定の能面ばかりでありました。入門した当時から、これらの名品ばかりの写しに集中できたことは、幸いにして「能面」の本質を見極める力を早く手に入れることに繋がったと思っています。そして、師匠からはそれらの作者の「能面」への思いを伺い知ることができました。このように、力強さとたおやかさを兼ね備えた室町時代の名品から、能面彫刻の真髄を知ることになりました。

 型の写しとして最初に目指したのは、「雪の小面」でした。女面として、最上でありました。どの点を取っても、作者の妙技が冴え渡っているのです。いくつ彫ったことでしょうか。できるまで楽しく耐えるしかありませんでした。気に入らない写しは、捨てずに取っておいたのでした。何が不満だったかを残しておくためです。それらは、今でも時々取り出し、その頃の手前を思い出しています。彫刻が漫然とならないためです。そして、若い頃の力強さを忘れないためでもあります。型の写しは、私をいつも初心に戻してくれます。

能面との対話 ② 〜出会い〜

面打ちを地元の面打ちに習い始めて数年経った頃、自分の作品の限界を知りました。

製作の過程で、満足な作品が作れず、上達する見込みもないと感じていた折に、東京早稲田大学の演芸博物館で現代能面師の作品展があり、堀安右衞門師の作品と出逢ったのでした。

二十数年前のことです。

錚錚たる能面師の作品が一堂に並べられていました。何人かの名前は知っていたものの、

見るのは初めてでした。年代順に並んでいました。古い順に見ていったのですが、どれも特徴の感じられない作品が並んでいる中で、終わりの方だったか、まだ存命の能面師の作品が現れたのです。能面師 堀安右衞門師の作品でした。恥ずかしながら、その日まで堀先生の名前は知らなかったのですが、そこにふと目が止まりました。ただの写しではない、力強くてたわやかな作風でありました。これが掘安右衞門という能面師の作品との最初の出会いでした。

作品展から自宅に戻り、数日経ったある日、再び作品展の小冊子を覗くと、堀先生の作品だけが私の目に飛び込んできたのでした。堀先生の作品だけが脳裏に記憶されていたからであったのでしょう。面打ちを途中で止めるにしても、本物の能面師に会わないうちは、諦めがつかないという思いを強く感じ、堀先生の作品にもう一度会って、堀先生ご本人と話をしてみたいと強く思うようになったのです。室町の「能面」を作る能面師であるという予感があったのです。その予感は、後日確信へと変わっていきました。

 

様々な人伝てに堀先生の連絡先を探し出し、先生に連絡をとりました。

京都市内で教室をしているから、来て観てもよいという快い返事を頂き、稽古日に伺いました。教室には全国各地から能面教室を開いている能面打ちが集まっていました。恐縮しながら、暫く稽古の様子を眺めていました。堀先生が彫刻を指導している時の刀の運び方、指導の内容どれも端的で曖昧さがありませんでした。彩色の指導では、古びを乗せるのではなく幽玄を打ち込むという考え方が徹底されていたのです。言葉では表しきれない色、何とも

言えない奥深い雰囲気が幽玄だという堀先生の言葉には、本物の「能面」を作り出す凄みがありました。そのうち、面打ちを辞めるという考えはどこかに消え、食いるように見ていたのを覚えています。

教室が終わる頃、先生から教室の説明がありました。私は間髪を入れず、入門の意志を伝えると、堀先生は快く承諾してくれました。これが運命の一言であったのです。以来弟子として、今に至るまで教えを乞うています。

出会いは決められた運命のような気がします。掘先生の作品を見てからの全ての言動が、「能面」に向かう今の自分を作っています。今、ひとつ一つを思い返して見ると、運命の果実が転がっていることが分かります。どれを拾い、どれを捨てるか、その時の自分の感性が決めているとしか言いようがない気がします。どの果実を拾うか、常に感性を磨き続けなければ、縁は繋がりません。そして拾う果実はひとつでよいのです。『これ』と感じた出会いだけでよいのだと思います。

能面との対話 ① 〜「能面」は自分を写す鏡である〜

「能面」を作ることで、余分な『自己』を取り除きながら得体の知れない『自分』を整理し、新たな『自分』を見つけ出してゆくことができます。

それは、「能面」という鏡を磨いてゆくようなものであると言ってもいいです。木の塊を徐々に削ってゆき、顔を出してゆく。曇った鏡を磨き、そこに映った自分の顔が次第にはっきりと見えてくる過程とよく似ています。そして、見えてくる自分の顔は今までの顔とは違って見えてきます。その違った顔とは何でしょうか。恐らく何一つフィルタの掛かっていない素(もと)の自分ではないでしょうか。「能面」を作ることは、このように余分な『自己』を取り除きながら、本来の『自分』を敷き詰め直してく、そして取り戻してゆく過程であるといってもいいでしょう。

『自分』を敷き詰めること、取り除くことは、技法、技術を必要としますが、それらに頼ることなく、こころの趣くままに「能面」と相対してゆけば、自然と鏡は磨かれてゆきます。

深い思索とよろこびが交互に訪れ、こころが螺旋状態に生き続けてゆきます。「能面」と対話することは、生きてきたことの足跡を残しながら、そして生きてゆくことへの餞(はなむけ)を自分に与えながら、『今』を生きることであると考えています。

私にとって、「能面」を作ることは、生きることの証しと同じであります。

「能面」彩色の加算と減算

 「能面」の彩色について「祈り」のもとになる揺らぎの話を、以前のブログで書きました。様式化する以前の創成期(室町時代)の能面に強く感じられる揺らぎの中に「祈り」がよく現れています。写しの時代(江戸時代)になってからの「能面」との決定的な違いは、この揺らぎであり「祈り」であると考えています。揺らぎのない彩色からは、「祈り」は生まれてこないとも思っています。

 これらの揺らぎは、果してどの様にできたのでしょうか。時間の経過による化学変化、物理変化だけで出来たのでしょうか。恐らく、多くは古の作者の手による、目的のある揺らぎの表現であると考えるのが自然であると思います。揺らぎには、「祈り」を「能面」に込めたいという意志すら伺えます。そして、舞台を見る観客に「祈り」を伝えたいという強い思いをも感じます。

 

揺らぎをどの様に表現すればいいのか。少し考えてみます。

能面を作っている人たちの中で、揺らぎとか「祈り」を意識して、写している人がどのくらいいるか分かりませんが、「能面」の彩色を、時代を入れるとか古色を掛けるということばで括ってしまっている人が多いのではないでしょうか。これらのことばからは、時代を足してゆく、古色を加えてゆくなど彩色を付け加えてゆく方向の彩色、すなわち加算の彩色が感じられます。揺らぎの美しさは、彩色の加算だけで可能でしょうか。自然の美しさを見てみると分かると思います。風化し、朽ちて崩れてゆく時の何とも言えない面白さは、この上ないものです。煌びやかな様態が、所々剥がれまた、その場所に別な要素が加わってゆく。その際限のない繰り返しが、揺らぎの美しさになり、最後には「祈り」さえ感じられるものになると思っています。

能面の彩色にも、朽ちてゆく美しさが必要であると考えています。朽ちてゆくことを、時代を入れると評してもいいかもしれません。ただ、加算の彩色だけでは揺らぎの美しさを表現することはできません。彩色の減算が必要なのです。そして、加算と減算の繰り返し、加算と減算の量のバランスと品の良さ、加算と減算を制御する精緻さ、そして面白さを発見する眼力が必要不可欠です。別な言い方をすれば、自然が行う揺らぎを「能面」という小さな領域に表現する技量と眼が必要ということです。

古きよき「能面」をよく観察し、古の作者が持っていた技量と眼を推量し、それらを現代の自分の「能面」の上で試作してゆく中で、自分の表現方法を見出してゆくしかないと思います。古の作者との対話を通して、自分の中に彼らと共通する精神を見出し、磨け上げる楽しさを実感してみましょう。それが、「能面」制作の醍醐味です。

 

「能面」をつくる楽しみ、面白さ (その2)

 前回の「『能面』をつくる楽しみ、面白さ」で、「祈り」のことを話しました。「能面」には、「祈り」がないといけないと感じています。「能面」をつくる楽しみ、面白さの大部分は、この「祈り」を古面から写し取ることだとも思っています。特に室町時代の古面には、様式化された江戸時代の面とは全く異なる「祈り」が感じられます。私の「能面」制作は、室町の「祈り」を、師匠の能面を通して写し取るという室町時代の作者との対話だと思っています。現代にも通じるその「祈り」を感じ、表現できることに、この上ない喜びと仕合せを感じます。

 古典文学に接することで古の人びとの人間味のある深い思いや感慨を知ることが好きであった私には、室町の「能面」との対話は、言葉を超えた次元での現代と過去との交信の様です。混沌とした現代に生きる自分に、人間の本質と有様を示してくれます。そして、私の内にある性(サガ)を受け止めてくれます。変わらなくてはいけない自分、このままで良い自分を教えてくれます。月夜のひかりの様に人生の道程を示してくれます。

 古面を写すとき、それらのヒントが現れたり消えたり、自分のこころの在り様で変化するのが、「能面」をつくる楽しみで面白さでもあります。こちらのこころの持ち様で、「能面」が変化して行きます。その変化がこの上なく楽しいのです。そして、自分が古の作者と同化できたと感じる時は、魂が浄化されていることに気がつきます。些細な悩みや苦しみなど、人間の大義に比べたら、どうでも良くなります。

 難しいことは何もありません。自分のこころに素直になればよいと思います。形ではないかたちを捉え、言葉を超えたことばを感じ取る感覚を磨きさえすればよいと思います。古の人びとと対話することを楽しみましょう。「能面」をつくることは、その近道です。

能面打ちの心得(その3)

 今回は能面の幽玄の表現について、お話をしたいと思います。私感ですので内容については広い御心でお読みください。

 「幽玄」を辞書で引くと枯淡にして心の深い境地・・・・・・・・・・・という意味が出てきます。

「枯淡」はあっさりしていて趣があるさま・・・・・・・・・・・・・・という意味ですので、「幽玄」とは「こころの動きが淡泊でありながら言葉では表すことができない深い心境ということです。すると能面に対する幽玄の表現とは、シンプルな表現を取りながらそこに現れた心情は怒哀楽などといった平易な言葉では語れないこころの動きの表現ということになります。

具体的にどのような表現なのでしょうか。余り作為のない表情をしながら、そこに現れてくるものは見る者によってはどの様にも見えてくる固定できない表情。様々な心境を合せ持つ表現です。

 能面は彫刻と彩色が合わさって最終的に表現されるものですが、彫刻と彩色を分けて考えて見ます。

まず彫刻。人の複雑な表情は縦横無尽に変化するこころが働き作っています。能面は人の顔をデフォルメして作られていますのでその表情は一様ではありません。いくつもの表情が合わさり舞い手の所作により表現の重みに変化を与え、表したい表情を作ります。単純な表情が能面の動きに従って徐々に現れたり消えたりします。ひとつ一つの表情の強さを出すために夫々の表情表現の重なりは極力少なくし、そして一見非連続な表現に見える各表情表現の繋がりを工夫すること(無駄な肉を取ってゆくこと)で能面に動きを与えています。これがシンプルでありながら複雑な心境を持つ能面を作り出している能面の彫刻だと思います。

次は彩色。彩色には主に2つの大きな目的があると考えています。一つ目は、彫刻を引立せる為に陰影を付けること。特に動きの大きな面や肉の少ない面に施します。肉の張っている箇所、骨が出ている箇所には彩色で強弱を付け、心情の強さを出します。二つ目は、能面のもっとも重要な幽玄の雰囲気を表現するところです。そこはかとない色、この世の色でない色、苦悩の色などのこころの綾を表す色、色とはいえない色など言葉では表現できない色を施します。彩色にはこの2つ以外にも数多な重要なポイントがありますが、ここでは一々説明しません。古作が10あれば10の幽玄を表す彩色が存在します。古作を見ながら各自がそのポイントを見つけ出してゆくことが重要です。

 以上のような考えを心得として能面を打つことが必要ですが、またこれらだけに頼らず、いつも新しい方法を見つけ出してゆく研究も大事だと考えています。そして、日本人が古来から引き継いできたこころの中の幽玄を、見つめ続けてゆきたいものです。

「能面」をつくる楽しみ、面白さ

 能面を作る時、私は特に大事にそして楽しみにしていることがあります。それは能面の内側に「祈り」が感じられるかということです。仏の微笑みであったり、力士像の凄みであったり、または少年像の溌剌とした表情であったりします。罪のある人間すべてを受け入れ、人間のすべての業を許してくれ、そして人間のすべての性(さが)を認めてくれる無限の広さといってもよいでしょう。

 能面には美しさが必要だと考えていますが、さらに美しさに「祈り」が加わりそしてその「祈り」が美しさを包み込んだ時、はじめて能面に命が吹き込まれると思っています。「祈り」はノミの一打、彫刻刀のひと削り、筆のひと入れの重なり合いで現れてきます。その現れ方はその時の体調、力の入れ具合で千差万別です。上手になればそれらはほぼ一定していますが、それでも僅かながら揺らぎがあります。その揺らぎが私は楽しくてなりません。そしてその揺らぎがあるが故に「祈り」が生じてくるように思うのです。揺らぎの中で「祈り」を打ち込み、「祈り」が能面から現れきて、その「祈り」を眺めることが、私にとって最上の喜びになっています。

 そしてできた能面が舞台で使われ、「祈り」に舞い手の「祈り」の型が加わって、観ている人たちにその「祈り」が伝わった時、能面を打つ者のこの上ない仕合わせとなります。

 

 能面の材料は檜です。檜の四角い塊からノミや彫刻刀を使って表情を作ってゆきます。この彫刻の過程では、ノミを木槌で叩く音を聞き、木槌を叩く感触を味わい、檜の匂いを嗅ぎ、彫刻刀で削る音を感じ、そして出来上がってくる表情を眺めるなど様々な五感をフル活用します。そして、彫刻に集中することで、五感から入ってくる情報が制限され、要らぬノイズから解放されてゆきます。すると自分を苦しめていた悩みがスーと消えてゆくのを感じます。そして彫刻作業が終わって、我に帰ると心が軽くなっているのに気付きます。少し言い過ぎかも知れませんが、生きる活力が湧いてくるようです。

 次に彩色に移りますと、目や口の墨入れ、眉の表情、色の濃淡/陰翳を付けるなど肌の表情を変えてゆくことで「祈り」を重ねてゆきます。彫刻の時よりも揺らぎが大きく影響して、「祈り」の方向が変わることがあります。この予想していなかった変化が怖くもありまた、反対にワクワクするところでもあります。予想もしていなかった「祈り」の表情が現れた時、新たな自分をそこに発見して、自分の可能性を喜びます。そしてその「祈り」の表情に自分自身が癒されることもあります。

 

 以上のように能面をつくることには、多くの喜びや楽しみが潜んでいます。自分自身でその喜びや楽しみを自由に自在に取り出すことができ、また時には自分の心と向き合い、自分に癒されることも期待できます。

能面打ちと心得(その2)

 能面を打っていると、古の作者がどのような気持ちで能面に向かっていたのか思い巡らすことがあります。特に能面創成期の頃の作者の事を考えます。なぜ彫刻に彩色に超越した力が出せたのか。何がそんな力を与えたのだろかと。

 能は亡者の魂を鎮め、生者のこころを慰める芸能です。そこに使われる能面には人間の根源的な苦悩とその救いの表情が存在します。そのような能面をどのような人々が作っていたのでしょうか。今に伝わる古作の作者は、多くは僧侶であったと言われています。彼らは、人の生老病死と直接関わりあい、生きることへの安らぎを与えていました。

能と仏教との関わりはよく分かりませんので詳しくは書きませんが、なぜ僧侶が能面を作ったのか分かるような気がします。それは生きている者へ慈悲の心の大切さを伝え、慈悲の心が生きるという苦しみを救うことに繋がるということを教えたかったのだろうと思うのです。人間を救いたいという強い思いと、人間を愛し見つめ続けた慈悲の眼が、あのような能面を打たせたのでしょう。

  このように古の作者は人間に対して真摯に向き合っていたに違いありません。今能面に向かう時、このことを昔以上に意識する必要があると感じています。単に表面的な表情を作るだけでなく、避けることができない悲哀が皆共通にあるということを、互いの慈悲が今必要であることを伝えてゆく責任があるように思えます。

人のこころを理解し、人を受容し、人に安らぎを与えられるような能面を作る能面打ちになりたいものです。

能面打ちと心得

武田神社薪能_隅田川

 能面打ちとこころについて前回までに日頃感じていることをつらつらと書かせて頂きました。今回は、能の舞台を観てきて最近明確になってきた考えについて話してみます。

 能面を作ることを「能面を打つ」と言います。魂を打ち込むということです。打ち込んだ魂が形となって最終的に表情として現れます。さて作者の魂がどのくらい表情となって現れるのがよいのか。作者にとって非常に悩ましいところです。

 私が能を見る時、次のようなクセがあります。能面を打っている者としてのクセです。見所で舞台を想像しながら待っている時から舞台を見、舞台から役者が姿を消し、能楽堂を離れ、自宅に帰り、舞台を振り返るまで脳裏に能面を思い浮かべています。舞台を見ている側のこころへの能面の浸透度を知りたいからです。特に舞台が終わり、自宅で舞台を思い出した時の舞台全体と能面とのバランスを見たいからです。

能面が舞台全体の中で沈んでしまっている場合も、逆に能面だけが浮かんで思い出されるのもよくありません。能面よりも能役者の思い、心情の流れの方が強い場合や能面の方が表情、表現が優っている場合です。どちらも能役者の力不足という見方もありますが、特に後者の場合能面の難しさが現れます。強い能面は見ている側の理解を得やすいように見えますし、強く記憶に残りやすいように思えます。しかし、時間が経るに従ってこころからは次第に消えて行きます。見る側が想像し、見る側が主体的にイメージして記憶に刷り込んだものでないからでしょう。能面が見る側のすべての空間を占領してしまって、見る側に想像させる余地を与えていないからとも言えます。

 能面が本来持つべき格のある強さとは、その強さの中に、見ている側の思いを沈める隙間(余地)があるかどうかということです。別な言い方をすれば、見る側のこころ持ちによって能面がいかようにも変化して見えるかどうかということです。それが幽玄であることの証だと思います。

能面を打っているものは能の舞台を見なさいとよく言われます。能の曲自体を知るというよりは、能面自体が能舞台の空間でどのような関係性(舞台–能楽師−能面−観客の間の関係性)を持って存在するのか、見る者のこころを惹きつけるのか、また舞台を見る者のこころに刻むことができるのかを作り手として認識することだと思います。能面が持つ格は実際に舞台で使われている時にしか確認できないということを、能面を作る者の心得として、能面を打つ際の道標にして行きたいものです。

こころと能面打ち(その2)

 能面の彫刻、直方体の木の塊から表情を彫り出す工程は、煩雑な生活の中で掻き乱れた気持ちを整理し本来の自分を見つけ出してゆく過程、こころを取り戻して行く過程とよく似ている様な気がします。

 実際、能面の彫刻に入る前は彫り出された表情がどの様になるのか、写す能面の表情の機微が写し取れるのか不安になり、ノミを入れるのに躊躇することもあります。不安はこの段階では非常に漠然としています。日常の様々な不安が混在している状態です。

ひとノミ、ふたノミと入れて行くうちに木の塊から表情が少しずつ現われ、不安も削がれて行きます。不安を纏った身体から一枚ずつ剥ぎ取って、裸の自分に戻ってゆく様にも思えます。そして最後のひとノミで大まかな表情が出た時、漠然とした不安はなくなり次の段階に進む勇気が出てきます。

ノミを叩いている時はその事に集中していて、外界からの刺激には意識が向いていません。

木の塊と自分自身がお互いに向き合っているだけです。その状態が漠然とした不安を取り除き易くし、気持ちを昇華させてくれます。同時に日常の諸々のこころの乱れも整理され、打ち終えた後、気持ちがスッキリした状態になります。木の塊も、打っている本人の気持ちも同時に一つ上の次元に上がった様な気がします。能面を打っていて有り難く感じる瞬間です。

 一方、普段の生活の中ではどうでしょうか。次のように不安に対処している自分がいます。まず漠然とした不安の正体を大まかに捉え、その原初を探ります。原因が自分のこころの中にある場合、こころの有り様に問題がある場合、物事の捉え方を変える試みをします。自分自身で変えることができない時は音楽を聞いたり、絵画を見たり、自然の中を歩いたりと五感を通して他の力を利用します。五感を自発的に活動させ、五感を通して外界の世界と自分のこころを融合させます。その後もう一度今までこころにあった不安を考えてみます。その不安が単なる事象と変化していることに気がつきます。すでにそれは不安ではありません。単なる過去の出来事になります。言うなれば、不安と同じレベルにいた自分自身が一つ上の段階に昇り、不安だった過去の事象を高みから見ているということです。自身のこころが昇華したとも言えます。

  能面を打つことは、この様なこころの変化のさせ方と非常に似ていて、こころの変化そのものを自分の力で行なっているものであるとも言えます。

昔の能面師の中にも現在の能面師の中にも長生きされている方が比較的多くおられます。能面を打つ時のこころの変化、この辺りに長生きの理由があるかもしれません。

写しとアソビ

 古面を見たとき自然に付かない所にキズが付いていたり、見えない箇所に幽玄な彩色が施されていることがよくあります。時代が経ったことだけでは説明できない場所に発見できます。古面ではもちろん時代が経るに従ってキズや汚れなどが付きます。

 新面も時代が経つと古くなって深みが出てくると言われることがあります。果たしてそうなのでしょうか。能ができた頃、能面も新しく創作されました。その時すでに『幽玄』という考え方があったと聞いています。そして観衆も幽玄を理解する観察眼を持っていたと言われており、能面は最初から幽玄の表現が施されていたと考えてもよいのではないでしょうか。能役者はいのちを賭けた舞台で幽玄のない(つまらない)能面は使わないでしょう。能面師も能役者の思いを引き受けるだけの力を持った能面を作ったに違いありません。

 付かないはずのキズも、見えない幽玄な彩色もすべて幽玄の世界で作者が遊んだ足跡だと考えています。もっとひろく捉えると、幽玄の表現全体が古の作者のアソビと呼んでもいいかもしれません。作者の狙い以外に時代を経て付いたキズや汚れなどが面白い景色となった場合もあります。

私は、最初から存在する幽玄と後からついた時代(古び)は分けて考えた方が良いと考えています。作者が考えた幽玄の後に時代(古び)は付くと考えています。時代(古び)を付けたからといって幽玄になるわけではありません。ここを間違いたくはありません。

写しは、古面の幽玄を現代に表現するのであって単に時代の重なりを写すのではない、古面の作者の思いを今に再現するのであってただ懐古するのではないことだと考えています。

そして、写しには古来幽玄の基本となっている日本独特の美的感性も必要であり、能面を作る者はこの感性を常に大事にし、磨いていかなければならないと思っています。

常に写しの奥深さを考え、現代に再現してゆく。再現してゆく中で再びアソビを入れてゆく。そしてそのアソビがまた未来に繋がる奥深さになるよう精進して行きたいものです。

こころと能面打ち

 こころの問題が取り沙汰されてから随分時間が経っています。そして、こころの病で悩まれている方がいまだに多くいます。

こころの病は現代特有の問題なのでしょうか。科学技術は進歩しても、人のこころは昔から大きく変化していないように思えます。ただ、人間を取り巻く環境が複雑化したため、表に出てきている問題が複雑になってきているだけのように思えます。

 私は能面を見て不思議に思うことがあります。能面の複雑な心像表現が現代の私たちにも分かるのかということです。能は人間が持つ悲哀、苦しみを主題にしており、能や能面が成立した頃の人々が持っていたこころの表象を現代の私たちも共有しているからこそ理解できるのではないでしょうか。

 能面を打つとき、木の塊と無言の会話をしていることに気づくことがあります。気持ちをフラットにして能面の声を聞いている自分に気づき、そして能面から伝わってくる思いが自分のこころのヒダと共鳴すると晴れやかな気持ちになってゆくことがよくあります。まるで静かな個室でカウセリングを受けている様です。それに能面を打っていてこの感覚があると何故か能面の出来は良いのです。こころの深いところで能面と繋がることによって雑念が消え本来の自分(真面目:しんめんもく)が現れるということでしょうか。違う言い方をすると、能面を打つこと(写すこと)は、余分な感覚を削ぎ落として本来の己を取り戻し、幽玄の世界に魂を昇華させ、自他の区別のない世界にあそぶような感覚、そして能面を通して古(いにしえ)の人たちと繋がる感覚も与えてくれるのではないでしょうか。そして、今の複雑怪奇な世の中で自分を見失わないための道標なのかもしれません。

 この様に能面を打つことは人のこころと深く関わっていると思います。そして、こころの問題を内面から和らげる力があると信じています。能面を見る人たちが元気になり、能面を打つ人たちが健康になる、そんな面打ちの環境ができればと考えています。

能面、不可思議

能面を見た時 はっきりこの面の表情はこうだと言い切ることはできるでしょうか。能面をひとに見せた時 よく分からないという言葉を多く聞きます。表情にぴったり当てはまることばを探せないからでしょうか。それはことばだけで理解しようとしているからでしょう。

 ことばで理解したと思った時果たして面を本当に分かったことになるのでしょうか。ことばで言い当てたと思った時 面の意味を限定してしまっていることになります。そのことば以外のものは見えなくなってしまいます。

重層な思いを持つ面 特に女面では、見る側の心情によっては違った性格が見えてきます。見る人が今の自分の気持ちと向き合って面と向き合って、自分の気持ちと重なり合う点を探し出す過程が本当に能面を理解したことになるのでしょう。単に一つのことばで言い表したつもりになってしまうことは、自分の気持ちを無視することになりまた、面の豊かな表情も見失うことになります。ことばを捨て自己の心のひだと面を重ねるという行為の中で遊べばよいと思います。こころで見るということでしょうか。

 能面は言葉では表現しきれない性格を持っています。別な言い方をすると、見る側に様々な想像をすることを許してくれています。まことに不可思議な物体です。その不可思議な性格ゆえ、能のなかで脈々と伝えられ、今日まで残ってきました。

現在あたらしく生まれている能面たちも、複雑なそして不可思議な性格を持っていれば、今後何十年、何百年と伝えられていくことでしょう。そのような能面を作ってゆきたいものです。

点と面、写しについて

 能面は本面の写しを良しとすると言われています。では、写すとはどういうことでしょうか。彫刻では単に数値的に写すこと、彩色では同じ色つやを付けることでしょうか。

 本面の重厚な力強さ、たおやかな美しさはどのように出来上がったのでしょうか。その道程を想像したとき、本来の写しとはどういうものか分かってくるような気がします。

有限の点と点だけでは無限の点からなる面は表現できません。しかし、能面を作るときは

有限の点を目安に点と点の間の動きを写してゆきます。有限の点の集まりから近似的に形を作り出してゆきます。そこに写しの本質が見える気がします。本面の作者の考え方、思いを近似してゆくのが写しではないでしょうか。ただ数値では表現しきれない形を見出し、表現してゆく。さらに形を近似してゆく揺らぎの中で自分なりの形を見つけ出すことが必要ではないでしょうか。もちろん、形に対するこだわりは前回の「緊張と弛緩」でも述べたように表情の動きの理屈をしっかり理解することが必要だと思います。

一方彩色はどうでしょうか。彩色は一様な点(色)の集まりではありません。様々な変化をともなう強弱のある色の集まりです。それらひとつ一つに意味が存在しています。本面の作者も彩色ひとつ一つに意味を与えそれらの総合体として幽玄を表現していると思います。彩色の写しは容易なことではありません。ひとつ一つの彩色の意味とその表現技法を読み取らなければならないからです。しかし、彩色も彫刻と同じく近似的にしか近寄ることはできません。揺らぎの中で自分なりの彩色技法を見つけるしかありません。

 このように写しは単なるコピーではないと思います。旧来の作者の思いを現代の作り手の思いと重ね合わせ、考えるべきところは考え、悩むところは悩み、未来につながる面を造り出し、それらを次の時代に繋げてゆくこと、これが能面をつくる者の義務ではないかと思っています。

緊張と弛緩

 ここでは能面を打つ際に必要になる彫刻と彩色についての重要なポイントのおはなしをします。

 能面はあくまで人間の顔ですので、人間の表情が基本です(デフォルメした面もありますが目、口、鼻、頬はかならずあります)。顔の表情は筋肉の緊張と弛緩の組み合わせでできているといってもいいでしょう。能面も表情(感情表現)がありますので人間の顔のように緊張と弛緩で成り立っていると思います。まず彫刻ですとホホの立ち方、眼窩のくぼみ、眉間の肉付き、目じりの方向、口角の深さや角度など多くのポイントがあります。さらにそれらの緊張と弛緩の全体的な流れ、バランスを考えなければなりません。ただ寸法的に写すだけではよい面にはなりません。表情にはかならず理屈がありますので写しの元になる面から読み取ることが必要です。

彩色では次のような点を特に注意します。肉の張った部分は血の気が引きますし、緩んだ部分は赤味がさし色づきが良くなります。人間の顔のように力の入った部分は艶やかな表情を見せますし、緩んだ部分は赤子の肌のようになります。強い面はこれらの強弱が激しく、女面のように心情が複雑なおもては幽かな表現となります。あくまで絵画的にならずに幽玄の表現を尽くすことが良く、彫刻とのバランスがとれた彩色が良い能面となるポイントです。

また表題とは少し離れますが、緊張した部分と弛緩した部分が左右対称では舞台では表情に動きがでてきません。

緊張の度合いを左右で変えたり、緊張―弛緩の方向を左右でずらしたりして、固定された表現でありながら、面を上下左右に動かすことによって多様な表情を作り出せます。左右非対称の面白さを分かってくると能面を制作する楽しみが格段に上がります。

緊張と弛緩それに非対称性が加わって様々な性格を持ち色々な場面で使用できる能面ができあがると思います。

 良い面を直に見てそして舞台での効果を肌で感じて、これらのポイントを発見してみてください。

 

若女と節木増

 若女と節木増の歴史的な成り立ちについては他に譲ることにして、ここでは両者の表情と舞台での使い方の違いについてひとこと。

 左の若女は能「六浦」で後シテ 楓の精として、右の節木増は能「紅葉狩」で前シテ 紅葉見物の上臈として出演しました。

 女面を打つ場合、表の表情と裏の心理の両義性があることを念頭に置きます。能「六浦」では楓の精のように草木の精としてのたわやかさと「功成り名遂げて身退くは 天の道と心得ず」と語ったように紅葉(コウヨウ)の中で楓としての立場を貫く強い思いが表と裏として表現されることが良いですし、能「紅葉狩」では鬼女であることを隠して優美な女性として人間を篭絡するという人間の女性と鬼人という両面を前シテで使う面では表裏の表現として内在していないと面白くないかもしれません。

 楓の精に「若女」を紅葉見物の上臈として「節木増」を使って頂きました。

 両方の舞台での写真を載せておりますが、能面の写真とともにこれら女面が持つ表裏の表現をご覧ください。

光と影

 能面を打つ時には陰影が舞台でどのような効果を発揮するのか気にします。

正面からの光、斜め上方からの光、おもてを照らす/曇らすそのときの影また、おもてを切るときの残影 あらゆる動きの中に主役の面の思いを考えます。

 特に彫刻はそれらすべての基本となっています。いくら彩色で妙味が優れていても彫刻の基本が不十分ならば舞台で使うことは難しいでしょう。彫刻が完成され、その上で彩色が優れている時、幽玄の陰影が現れてきます。彫刻と彩色のバランスの上に能面は成り立っています。どのようなバランスがよいのかは能の舞台を実際に観て、舞台と能面、さらには照明との関係を全体的に把握しなければ分かりません。

 能面を依頼されるとき、使用される舞台は屋外なのか屋内なのかどこの舞台でどのような照明を使っているのか知っておくことが必要でしょう。それでも実際の舞台では計算しなかった効果が見られることがあります。特に自然光が入る舞台では、時々刻々光の色の構成が変わってゆきます。早朝の青味かかった柔らかい光、真昼の硬い光、日暮れの光それぞれの光のもとで能面は様々な表情を見せます。影の強弱が変化してゆくからだと思います。

 光と影の変化、すべての幽玄がこれに関わってきます。能面を作る時はこの現象を十分に考えることがよい面ができる条件であります。