能面打ちの心得(その3)

 今回は能面の幽玄の表現について、お話をしたいと思います。私感ですので内容については広い御心でお読みください。

 「幽玄」を辞書で引くと枯淡にして心の深い境地・・・・・・・・・・・という意味が出てきます。

「枯淡」はあっさりしていて趣があるさま・・・・・・・・・・・・・・という意味ですので、「幽玄」とは「こころの動きが淡泊でありながら言葉では表すことができない深い心境ということです。すると能面に対する幽玄の表現とは、シンプルな表現を取りながらそこに現れた心情は怒哀楽などといった平易な言葉では語れないこころの動きの表現ということになります。

具体的にどのような表現なのでしょうか。余り作為のない表情をしながら、そこに現れてくるものは見る者によってはどの様にも見えてくる固定できない表情。様々な心境を合せ持つ表現です。

 能面は彫刻と彩色が合わさって最終的に表現されるものですが、彫刻と彩色を分けて考えて見ます。

まず彫刻。人の複雑な表情は縦横無尽に変化するこころが働き作っています。能面は人の顔をデフォルメして作られていますのでその表情は一様ではありません。いくつもの表情が合わさり舞い手の所作により表現の重みに変化を与え、表したい表情を作ります。単純な表情が能面の動きに従って徐々に現れたり消えたりします。ひとつ一つの表情の強さを出すために夫々の表情表現の重なりは極力少なくし、そして一見非連続な表現に見える各表情表現の繋がりを工夫すること(無駄な肉を取ってゆくこと)で能面に動きを与えています。これがシンプルでありながら複雑な心境を持つ能面を作り出している能面の彫刻だと思います。

次は彩色。彩色には主に2つの大きな目的があると考えています。一つ目は、彫刻を引立せる為に陰影を付けること。特に動きの大きな面や肉の少ない面に施します。肉の張っている箇所、骨が出ている箇所には彩色で強弱を付け、心情の強さを出します。二つ目は、能面のもっとも重要な幽玄の雰囲気を表現するところです。そこはかとない色、この世の色でない色、苦悩の色などのこころの綾を表す色、色とはいえない色など言葉では表現できない色を施します。彩色にはこの2つ以外にも数多な重要なポイントがありますが、ここでは一々説明しません。古作が10あれば10の幽玄を表す彩色が存在します。古作を見ながら各自がそのポイントを見つけ出してゆくことが重要です。

 以上のような考えを心得として能面を打つことが必要ですが、またこれらだけに頼らず、いつも新しい方法を見つけ出してゆく研究も大事だと考えています。そして、日本人が古来から引き継いできたこころの中の幽玄を、見つめ続けてゆきたいものです。