緊張と弛緩

 ここでは能面を打つ際に必要になる彫刻と彩色についての重要なポイントのおはなしをします。

 能面はあくまで人間の顔ですので、人間の表情が基本です(デフォルメした面もありますが目、口、鼻、頬はかならずあります)。顔の表情は筋肉の緊張と弛緩の組み合わせでできているといってもいいでしょう。能面も表情(感情表現)がありますので人間の顔のように緊張と弛緩で成り立っていると思います。まず彫刻ですとホホの立ち方、眼窩のくぼみ、眉間の肉付き、目じりの方向、口角の深さや角度など多くのポイントがあります。さらにそれらの緊張と弛緩の全体的な流れ、バランスを考えなければなりません。ただ寸法的に写すだけではよい面にはなりません。表情にはかならず理屈がありますので写しの元になる面から読み取ることが必要です。

彩色では次のような点を特に注意します。肉の張った部分は血の気が引きますし、緩んだ部分は赤味がさし色づきが良くなります。人間の顔のように力の入った部分は艶やかな表情を見せますし、緩んだ部分は赤子の肌のようになります。強い面はこれらの強弱が激しく、女面のように心情が複雑なおもては幽かな表現となります。あくまで絵画的にならずに幽玄の表現を尽くすことが良く、彫刻とのバランスがとれた彩色が良い能面となるポイントです。

また表題とは少し離れますが、緊張した部分と弛緩した部分が左右対称では舞台では表情に動きがでてきません。

緊張の度合いを左右で変えたり、緊張―弛緩の方向を左右でずらしたりして、固定された表現でありながら、面を上下左右に動かすことによって多様な表情を作り出せます。左右非対称の面白さを分かってくると能面を制作する楽しみが格段に上がります。

緊張と弛緩それに非対称性が加わって様々な性格を持ち色々な場面で使用できる能面ができあがると思います。

 良い面を直に見てそして舞台での効果を肌で感じて、これらのポイントを発見してみてください。